東海シロギス珍道中(0)

キャンプ

魚を追いかけた七日間、人との出会いが一番の釣果だった

はじめに

「今度こそ、東海のシロギスに会いに行こう。」

そんな思いから始まった、7日間の釣り旅。
……と言いたいところですが、今思えば、この旅はもっと前から始まっていました。

計画を立て始めたのは三月。今回の釣行では、
シロギスを追いかけながら海岸を歩き回る“ランガン”も想定していたため、
少しでも体力と脚力をつけようと、
いつもはバスで向かう駅から会社までの通勤を徒歩に変えました。

さらに毎朝、自宅ではロッドを手にキャスティングの素振りを繰り返しました。

狙ったポイントへ正確に仕掛けを届けられるように。
少しでも遠くへ飛ばせるように。

そんな思いでロッドを振り続けていた、ある朝のことです。
勢い余って部屋の壁紙を見事に破ってしまい、妻にこっぴどく叱られました。

その時は笑う余裕などありませんでしたが、今振り返れば、東海シロギス珍道中は、
あの日の壁紙事件から始まっていたのかもしれません。

目的地は静岡県焼津市から愛知県伊良湖、そして遠州灘へと続く広大な海岸線です。
今回の旅では、シロギスを追いかけながらキャンプを楽しみ、
気になる釣り場を巡る予定でした。

しかし、現実は出発前の鍵紛失から始まり、連日の雨予報、高波、
思うように釣れない日々と、決して順風満帆な遠征ではありませんでした。

それでも振り返ってみると、
不思議なくらい「楽しかった」という思いだけが残っています。

焼津でいただいた本マグロの差し入れ。

釣り場で出会った地元の釣り人との何気ない会話。

キャンプ場で過ごした静かな夜。

炭火を囲みながら味わったシロギスやマグロのカマ。
そして、太平洋を眺めながら何度もキャストを繰り返した時間。

旅を始めたとき、私の目的は「シロギスを釣ること」でした。
でも、旅を終えた今、一番心に残っているのは魚の数ではありません。
旅先で出会った人たちの笑顔や、予定どおりにはいかなかったからこそ味わえた出来事、
そして旅を支えてくれた道具たちと過ごした時間でした。

この釣行記は、釣果を自慢するブログではありません。
シロギスを追いかけた一人の釣り人が、東海の海で出会った人や景色、
そして旅の楽しさを綴った紀行エッセイです。

これから東海方面へシロギス釣りを計画している方はもちろん、
キャンプや車中泊を楽しみながら旅をしてみたい方にも、
少しでも参考になれば嬉しく思います。

それでは、壁紙を破った朝から始まり、鍵探しを経て、
たくさんの出会いと笑いに包まれた「東海シロギス珍道中」の7日間へ、
一緒に出発しましょう。

プロローグ(シロギスを追いかけて)

「1週間もあれば、シロギスなんて嫌というほど釣れるだろう。」

そんな甘い考えから、この旅は始まった。

私は子どもの頃から釣りが好きだった。

最初に竿を握ったのは近所の池でのフナ釣り。 投げ釣りは近所のおじさんに教わり、
船釣りは親戚の叔父に教わった。
気が付けば、私の周りにはいつも釣り好きの大人たちがいて、
その背中を追いかけながら育ってきた。

数ある釣りの中でも、いつしか私の心を最も強く惹きつけたのが、
砂浜から大海原へ向かって仕掛けを思い切り投げ込む「投げ釣り」だった。

投げ釣りの魅力は、魚を釣ることだけではない。 もう1つ、大きな魅力がある。

それは 「遠投」 である。

どれだけ遠くへ、どれだけ正確に仕掛けを届けられるか。
投げ釣りでは、魚がいる沖のポイントへ届かなければ勝負にならないことも多い。
だから投げ釣り師は魚だけでなく、自分自身とも戦っている。

投げ釣りには独特の共通言語がある。
飛距離をメートルではなく「色(しょく)」で表すのだ。
投げ釣り用の道糸は25メートルごとに色が変わっている。

1色は25メートル。 5色なら125メートル。 6色なら150メートル。

そして、投げ釣り師なら誰もが一度は憧れる世界がある。

8色。200メートル。

もちろん、200メートル飛ばせれば魚が釣れるという単純な話ではない。
それでも8色は、投げ釣り師にとって1つの夢であり、技術の証でもある。

私もその景色を見てみたい。 そう思いながら竿を振り続けてきた。

しかし、現実はそう甘くない。 何度練習しても飛距離は5色前後。
竿を替えた。 リールも替えた。
オモリも替えた。
それでも飛距離は思うように伸びない。

最後に残るのは、自分自身のフォームだった。
今でも私はフォーム改造の真っ最中である。

年齢を重ねるにつれ、飛距離を伸ばすことは簡単ではない。
それでも「もう歳だから」と諦めたくはない。

昨日の自分より、1メートルでも遠くへ。 その思いだけは、今も変わらない。

投げ釣りに本格的に夢中になったのは、約10年前。
仕事で広島へ単身赴任したことがきっかけだった。

平日は仕事。 そして休日になると、1人で海へ向かった。

最初はまったく釣れなかった。 それでも毎週のように砂浜へ立ち続けた。

失敗を繰り返し、少しずつ魚の居場所が分かるようになり、
少しずつ投げる距離も伸びていった。

やがて釣果は安定し、地元の釣り雑誌に掲載されるほどになった。

あの頃の広島の海は、努力した分応えてくれる海だった。

しかし横浜へ戻ると状況は一変する。 神奈川のサーフへ通っても、
思うような釣果には恵まれない。

「今日はダメだった。」

そんな日が続いても、不思議と釣りをやめようとは思わなかった。
むしろ、もっと上手くなりたいという気持ちの方が強くなっていった。

そして今年、私は定年を迎えた。

再雇用となって以前より自由に休暇が取れるようになると、
私の頭の中では、もう旅が始まっていた。

その頃、もう1つ大きな出来事があった。 新しい相棒がやってきたのである。

クラウンエステート。

今回発売されたエステートは、
後席を倒すと約2メートルのフルフラットスペースになる。
長身の私でも、足を伸ばして眠ることができる。

その仕様を知った瞬間、
「これなら車中泊ができる。」

その瞬間、頭の中にあった「いつかやってみたい」が「今年ならできる」に変わった。
出発はまだ4か月も先。
それなのに、カレンダーを眺めるたびに心は愛知へ飛んでいた。

月曜日になると、 「今頃なら第1投を終えて、ゆっくりサビいている頃だな。」

火曜日には、 「今日は少し風があるかな。でも釣りには問題ないだろう。」

水曜日になると、 「夕マヅメは時合いだから忙しくなるぞ。」

そんなふうに、毎日違う時間を想像しては、1人でニヤニヤしていた。

夕方、仕事を終えて帰宅すると、

「今日はシロギスが釣れすぎて、捌くのが大変だったな。」

そんな“まだ起きてもいない出来事”を、本気で思い描いていた。
天ぷらにしようか。 塩焼きもいい。 刺身も食べたい。 昆布締めにも挑戦してみよう。

毎日シロギス料理ばかりでは飽きるかもしれない。 そんな贅沢な悩みまで考えていた。

そのためにシロギス料理を勉強し、新しい包丁まで買った。 冷凍保存の方法も調べた。 キャンプでどう調理するかも考えた。

今振り返れば、その頃の私は「釣りの準備」をしていたのではない。
「夢の準備」をしていたのだ。

だから、出発の日が近づくにつれ、子どもの頃の遠足を待つような気持ちになっていた。 いや、それ以上だったかもしれない。

大人になると「楽しみで眠れない」ということは少なくなる。
でも、この旅だけは違った。

仕事をしていても、気がつけば渥美半島の海を思い浮かべている。
YouTubeを見ては「このポイントは良さそうだ」と想像し、
地図を見ては移動ルートを考える。

頭の中では、何度も何度も7日間の旅を繰り返していた。
そして、そのたびに釣果はいつも大漁だった。

もちろん、その時の私は知る由もない。
現実の7日間が、その想像をはるかに超える“珍道中”になることを。

第一章 「旅は、鍵をなくしたところから始まった」はこちらから <2026年8月16日公開予定>

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